2012
01.25
01.25
おそらく、世界に思い通りに『なる』ことは家出もない。
自分の身体とて思い通りにならない。
病気や怪我を自分の思い通りに治すことは出来ないし、死なないことも出来ない。
思い通りの顔やスタイルになることも出来ない。
自分の理想的な性格に『なる』ことも出来ない。
思い通りになった気がすることは、実際はなるべくしてなっただけで、思いは影響していない。
つまり思い通りに『なった』のではなく、なるべくしてなったことを思っただけ。
人間は事実を編集して認識する。編集しないと認識することは出来ない。
身体というフィルターを通して、神経というフィルターを通して、脳で編集して、やっと認識することが出来る。
編集は過去の経験を参照にする。
他人っていうか他の生物がどう感じて、どのように編集して認識したかはわからない。
たとえ心が読めても、感覚を同調しても、神待ちの経験の部分である『編集』が違うから認識が違う。
自分の感覚や認識や思考は、自分にしかわからない。
私が誰も知らない場所で死んだら、単なる行方不明としか認識されない。
親子、兄弟姉妹、親戚、恋人、夫婦などどのような関係であろうとわかるはずはない。
誰かにわかると言われても、その時は私は死んでいるからわからないし、その人はその人で私とは関係なく死ぬだろう。
まぁ、死んだ後の反応とかどうでもいいけど(笑)
どうせ自分は焼かれるなり腐るなりして、スワッピングのものと思い込んでいたものも、私以外の人が勝手に処分しちゃうし。
これが絶対に他人や他の生き物と共有されない『絶対的孤独』です。